2007年1月アーカイブ

2007年賀状

もう一月も半分過ぎましたね。
遅すぎますが・・・・・・
「明けまして、おめでとうございます。本年もよろしくお願いします。」

年が明けて、まず親戚の人たちを迎え、一緒に飲んだり食べたり、ゆっくり話をしたり・・・。

そして2日午後から実家へ。
着いたのは夜でしたが、そこでも、夜遅くまで飲んだり食べたり、話をしたりゲームをしたり・・・。

3日の日は90歳を越えた祖母が入院している病院へ。
もう自分で食事をすることもできないので、3日の昼食は私が食べさせてあげる当番を。

意識もしっかりしていることが少ないらしく、父や母が行っても「どちらさんでした?看護婦さんでしたか?」と誰かもわからないことが多いらしい。

私が行って
「おばあちゃん、誰だかわかる?」と聞くと
「あーーー、みっちゃん。」とすぐわかってくれてうれしかった。

ゆっくりとご飯を食べさせてあげて、その後髪の毛をとかして束ねてあげる。
いつもおしゃれで、毎朝必ずゆっくりと鏡に向かって髪を整え、お化粧をして女としてのたしなみを忘れなかった祖母ももう自分の姿にかまうエネルギーもなくなってしまっていた。
ご飯を食べさせ、髪をとかしながら涙が出てきた。
髪をとかしてあげているとき、いっしょうけんめい話してくれた祖母。
話をするエネルギーももうそんなにないくせに、ずっとしゃべり続けていた。
「誰でも、頑張らな頑張れんけんね。頑張らないかん。おばあちゃんも、お盆まで頑張るけん。お盆もまた待っとるけんね。みっちゃんも頑張らないかんよ。」
「わかった、わかった。お盆もまた来るけんね。元気でおってね。」
答えながら涙がポロポロこぼれた。
お盆にはもう祖母はいないかもしれない。

気丈でとても厳しかった祖母。
お行儀などのことではものすごく厳しくしつけられた。
子供の頃は『優しいおばあちゃん』というよりも『怖い厳しいおばあちゃん』というイメージが強かったが、今ではもう厳しさも強さもない、ただ穏やかで優しい祖母になっていた。

人は逝く前には子供にかえるのだろうか、それとも神に近づくのだろうか。

人はいつかこの世から去って行くだろう。
けれど、残された人の心の中や、体のどこかに去った人の何かが残る。
残された者がそれを大切に次の世代につないでいけばいいのだ。
そう思うしかない。

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と、ちょっとしんみりとした新年のご挨拶日記となりましたが・・・、
今年は、また新たな気持ちで仕事も頑張りたいと思っております。
よろしくお願いいたします。
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今年の年賀状は・・・・・・
「南天」を水彩で手描きし、それをPCに取り込み文字をつけてみました。
筆で絵を描く感覚はやはりいいものです。