「忙しい」と言う字は「心を亡くす」を書きます。
忙しいとき、何かに夢中になりすぎてるとき、なぜか周りが見えなくなってしまっている自分に気づくことがあったり・・・。
自分のことでいっぱいいっぱいで、周りのことが見えなくなってしまいます。
忙しくて、周りも見えず、どんどん前に進んでいったとき、ふと気がつくと大切なものを失ってしまっていたり・・・・。
これって怖いことかもしれないなー、と最近思ったり・・・・・・・。
忙しくても、景色を見て美しいと感じたり、小鳥の声を聞いて「かわいいな」と感じたり、周りの人たちの話を余裕を持って笑顔で聞ける自分でいなければ、と思うのですが、なかなかです。
^^;
最近、絵本作家でガーデンイングで有名なターシャ・デューダさんの『思うとおりに歩めばいいのよ』という本を買ってみました。
彼女のガーデニングの本は前から好きだったのですけど、彼女独特の哲学みたいなもの、哲学というようなお堅い感じではないけれど、彼女なりに生きてきた上での考え方、と言ったほうがいいのかな?
そういう内容の本です。(よくわからなくてすみません)
その中から少し抜粋--------------------
みんなが本当に欲しいのは、物ではなく心の充足です。
幸福になりたいというのは、心が充たされていないということでしょう。
心は一人ひとり違います。
その意味では、人はいつも"ひとり"なのよ。
一生は短いんですもの。
やりたくないことに時間を費やすなんて、もったいないわ。
-------------------ここまで抜粋--------------------
彼女は、俗世間から離れて、一人コツコツと庭の世話をし、自然を愛し、動物を愛して、自分なりに幸せに暮らしています。
世の中のいろんな情報に振り回されて、生きている私たち。
今、ターシャのような生活がすごくあこがれられるのでしょうね。
けれど、孤独と上手に付き合わなければ、強くなければターシャのような心の充足は得られないのでしょう。
「一人でいるのも好き」と私も自分では思っていたけど、最近一人でいることが苦手に感じてしまっていることに気がついてしまいました。
誰といたって、人はいつも"ひとり"。
孤独という名の静寂、孤独という名の平和。
忙しくても、一人でいるときでも「心の充足」を感じられる自分になりたいと思うのですが・・・・・。
でも、淋しがりやなので、どうなのだろう?(もうすでに弱気。。。。。^^;)
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