今日は家の裏にある小学校がにぎやかです。
運動会なんだなーーーー。
うちの娘も息子も通っていた小学校。
お昼ごろには、太鼓の音が・・・・・・・。
大太鼓と小太鼓の演技。
そういえば、息子が5年か6年のときも、全校生徒での太鼓演技がありました。
大太鼓がいくつかにあとは全員小太鼓。
大太鼓は目立つし、かっこいいので、男の子たちは大太鼓をしたがったようです。
息子はなぜか一番前の一番真ん中の大太鼓になってしまいました。
練習を始めたころ、学校から帰ってきたら
「お母さん、ぼくは一番前の一番真ん中なんて嫌だーーーー。もう登校拒否になりそうだーーー。」とあんまり嫌がるので担任の先生に相談したことがあります。
「息子は一番前の一番真ん中の目立つところは嫌だというので、他のお子さんに変えていただけませんでしょうか。」と・・・・・・。
すると先生が
「息子さんはずごくリズム感があるんです。だから息子さんが一番前の一番真ん中で大太鼓を叩いてくれると、全員がぴたりと揃うんです。他の子では揃わなかったので、息子さんにしていただきたいので、なんとか説得してもらえませんか?」と・・・・・・・・。
それで、息子にそれを説明しなんとかがんばって一番前の一番真ん中で大太鼓を叩く役目を果たしました。
息子は今は一人でギターを弾いて、ステージで演奏させていただいたりしてるんですけど、本当は目立ったり注目されたりするのが小さな頃から苦手でした。
でも、なぜか目立ってしまったり注目されてしまったりするので、自分でも結構苦しんでた頃がありますが、今は「もう慣れた。」と言ってます。
そして「期待されるということの重責」も昔はかなりストレスだったようですが(野球などで)、ギターを始めたころだったかに
「ぼくは期待されることももう重荷と思わないようになった。ちゃんと期待にこたえられるようがんばれる。」と言ってました。
目立ちたくても目立てない、注目されたくても注目されない、期待されたくても期待されない、ということも多いのに、ある意味贅沢な悩みだったのかもしれないけど、人それぞれ悩みは違います。
今はギターでの、周りからの期待や評判を裏切ってはいけない、という重責がある意味あるのかもしれないけど、とにかくギターが好きみたいなので、のびのびと思いっきりがんばってほしいです。
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