育児: 2008年1月アーカイブ
私の宝物のひとつに一冊の本があります。
星野富弘さんの『鈴の鳴る道』
私が大学を卒業して社会に出ていろいろもがいているときに、母が贈ってくれました。
裏表紙の中には母の直筆で「美智代へ贈る 母より」と書いてあります。
星野富弘さんは有名なのでご存知の方が多いと思いますが
星野さんは不慮の事故で手足の自由を失われて、口に絵筆をくわえて、絵と詩を書かれています。
その中でも好きな詩を今日はひとつ
----------------ここから抜粋
日日草(にちにちそう)
今日も一つ
悲しいことがあった
今日もまた一つ
うれしいことがあった
笑ったり 泣いたり
望んだり あきらめたり
にくんだり 愛したり
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そして これらの一つ一つを
柔らかく包み込んでくれた
数え切れないほど沢山の
平凡なことがあった
----------------ここまで抜粋
今日は連休最後の日。
昨日の出来事のせいか、息子は元気がなく
「今日はお寿司でも食べに行こうか。」と誘ってみたけれど、
「ぼくは今日はどこへも行かない。」と元気がない。
食いしん坊の息子が外食の誘いを断るなんて・・・・・・・・。![]()
と書いてる私も、昨日から家のことや仕事などで、家から一歩も外へ出ていませんが・・・・・・。
^^;
いろんなことがあるけど、また元気になってほしいものです。
今日は日曜日だけど、高校二年の娘は朝から学校でテスト。
その後、仲良しの友達がうちに来て新年会のキムチ鍋パーティーをしていた。
高校生活もいろいろ大変だけど、こうやって仲良しの友達とたまには息抜きさせてやりたいと思う。
今日の本題は息子の話。
中学二年になる息子は、野生児でお休みの日、クラブなどがないときはよく友達と自然の中で遊んでいる。
今、自然の中でおもいっきり遊べる環境があるということは幸せなことだし、塾や習い事などスケジュールがいっぱいで自由な時間も持てない子供が多い中、のびのびと遊べるのはいいことなのではないかと思っている。
けれど、今日、息子の友達の親から電話がかかった。
「この寒い冬の時期に、うちの子はお宅の息子さんと釣りに行く約束をしているらしい。こんな寒い中釣りに行かせると風邪をひいたりすることがわかっていて、それを許すのは親の監督不行き届きだし、非常識だろう。」と・・・・・・・。
明日は一日お休み。
友達と遊ぶつもりではあったかもしれないけれど、釣りに行く約束はしていないと息子は言う。
けれど、もし、お休みの日に友達と遠くまで釣りに出かけて、雪や雨で途中で「今日はこんな中釣りをするのは無理だろう。」と判断して戻ってくることもいい経験になるのではないかと私は思う。
けれど、そういう親は『常識はずれ』なのだと言われてしまった。
昔は学校が終わってから友達と遊ぶのも、お休みの日に友達と遊ぶのももっと自由だったような気がする。
今はなんでもかんでも親が管理しすぎるのではないだろうか。
全く子供がしていることを親が知らないのはもちろん問題だけど、自然の中で遊んで冒険して面白かったことなどを聞いて「いいことだな。」と普段思っていた。
もちろん冒険には危険がつきまとう。
親の完全監視の中で動いているほうが危険は少ないだろう。
今学期学校に提出するプリントの中の「今年の目標」というところに息子は
「生きる。」と書いていた。
普通は「勉強をがんばる」とか「部活をがんばる」とか書くべきなのだろう。
それについて息子とも話し合ったが
「勉強をがんばるにしても、部活をがんばるにしても生きてなければがんばれないだろう?事故にあったり、危ない目にあって命を落としたりすることなく、ちゃんと生きていることがまず大切だと思う。」という息子に反論はしなかった。
けれど、変わり者親子だとは思われているのでしょうね。
人を脅かすような行動を取ったり、迷惑をかけたりする行動はいけないけれど、それ以外はなるべくのびのびと自然の中でも遊ばせてやりたいと思うのは今の時代、常識はずれなのだろうか。
息子も仲良しの友達の親からそんな電話がかかって、ショックを受け
「いいよ。
全部ぼくのせいにしてくれたら。
全部僕が悪いことにしてくれたらいいよ。」
と、明日は一日どこにも行かずずっと家でギターを弾く、と言っている。
普段、いい友達たちといっしょにいろんな体験ができていいことだと思っていたのだけど・・・・・・・。
塾に行かせたり、部活と勉強だけをがんばらせていたら何も言われないのだろうか。
なかなかいろいろ難しいご時世だと思ってしまった今日でした。
けれど、常識はずれだと言われても、我が家は子供を自由に自然の中で遊ばせてあげたいと思う。
そのかわり、いっしょに遊ぶお友達は厳選しなければいけないということでしょうか。
