空がきれいだったシリーズの最近のブログ記事

SO・RA

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空と海が好きです。
けれど、空も海も絵に描くのも難しい。写真で撮るのも難しい。
本当の美しさにはかなわないから。

フィルムで撮ったSO・RA(空)。

「祈りよ 天までとどけ」
OLYMPUS OM-1/Solaris 200(無修正)
青空に向かう十字架がきれいだったので、宮津教会を撮りました。
ある人から「異国の教会みたい。」と言っていただきました。
サンタフェ風。(^^;) 


「人生も ときに 赤信号あり」
OLYMPUS OM-1/Solaris 200(無修正)
sorasingou.jpg
こちらも上の教会を撮った日と同じ日に。阿蘇シーサイドパークにて。
ここで海を撮らずに空を撮った私って・・・・。(^^;) 

けれど、SO・RA(空)は撮った場所を書いても、あんまり意味はないのかなー。
だって、 SO・RA(空) は全部つながってるから。

SO・RA(空)はつながってる。

この場所のSO・RA(空)とあの場所の SO・RA(空) 

そして・・・・

今日の SO・RA(空) と・・・・、あの日の SO・RA(空) 

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しかし・・・・、このイタリアのフィルムSolarisで撮ると、空が水彩で彩色したような風合いがでるので、結構好きかも。
あと、もうひとつ気がついたのが、フィルムを1本現像すると、成功写真か失敗写真かはともかく、日記のネタにはことかかないかも、です。。。。(^^;) 
失敗は失敗でまた、どこが失敗なのかも見せていけたらいいかな、と思ったり・・・・・。

時間を見つけて絵も描きたいし・・・・・、だんだんプライベートがアナログどっぷり生活になってきております。「強引ing My Way!」(笑)

夏空

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洗濯物を取り込んでいたら・・・・、空がきれいだった。
「夏が来たんだなー。」って思った。

これ、何雲って言うんだろう?
巻積雲(うろこ雲)?
高積雲(ひつじ雲)?

青い空、白い雲、あと黄色いひまわりが欲しいけれど・・・・・・・
今年ひまわりの種を蒔くの忘れてしまったーーーー。tobotobo.gif
11_7_9.jpg

空気の中に「春の匂い」を感じはじめました。

春を感じると・・・・・心はワクワク、鼻はむずむず。
「私は花粉症じゃなぁーい。」と言い張って、はや何年たつでしょう?

春の気配を感じる冬の青空。
11_2_22_2.jpg
木のシルエットごしに見た今日の青空は雲ひとつなかった。
まだ冬模様の木も、そろそろ芽吹く準備をしているに違いない。
空に見守られながら、緑に変わるためのエネルギーをじっくり蓄えているように思える木々たち。

もうすぐ春だよね。

けれど、地面にはまだこんなに雪があるのでした。(^ ^;)
雪の下のそのまた地面の下でも、そろそろ春の準備が整っているに違いないのです。
11_2_22_3.jpg

日記といふのは、今日のことを書くはずですが・・・・・・
ちょっと前(ちょっと前のちょっと前くらい)に写した写真ですみません。
仕事の資料をお客様のお店に取りに行ったとき、帰りに撮りました。

海の上に小さな緑の小舟。
その上には麦わら帽子のおじさん(たぶん、おじさんだと・・・)

涼しげに見えますが、ご本人は涼しいのかどうか・・・・・。
でも、なんだか・・・・いい雰囲気でした。
2010_8_2.jpg
この光景を見てたら、この曲を思い出しました。
「小舟 O Barquinho」

歌っているのは
『ボサノヴァのミューズ(女神)』と言われていたNara Leao(ナラ・レオン)
「ボサノヴァが誕生したのはナラのマンションから」という逸話も残っているらしい。
当時、男性たちは彼女のためにボサノヴァの曲を作ったりしたそうです。
魅力的な女性だったんですね。
一時期はボサノヴァと決別してたときがあったらしいですが、カムバックしてから、ギター1本だけでボサノヴァを歌うショーを成功させ、ボサノヴァを知らないロック世代の若者の心を捕らえたのだそうです。

私もボサノヴァのギター弾き語りをちょこっとしたりしてますが、結構ナラ・レオンの演奏は好きでナラ・レオン バージョンの曲を練習したりしてます。

彼女は風貌も演奏もモノクロかセピアなイメージがあるんですよねー。(意味不明ですみません)
なんか、かっこいいんです。

この「小舟」も練習してますが・・・・・、まだ・・・・メロディの中にポルトガル語が・・・・・おさまりきりません。
。・°°・(*>_<*)・°°・。
ポルトガル語なので日本語訳を

---------------------Roberto Menescal - Ronaldo Boscoli----------------
「小舟」
     
陽が光り、 太陽のお祭り
小舟は滑り出す
穏やかな 青い海
すべてが夏で 自然に愛が生まれる
海に浮かぶ小舟
いつまでも滑る
理由もなく わたしたちの歌は
この海と太陽から生まれる
小舟と光にキスをする なんて素晴らしい日々

海から戻ると 太陽は色あせてしまう
小舟は滑り出す
歌いたい気分に
空がとても青い 南の島
この小舟の心は
歌の中に滑っていく
すべてが平和で
穏やかな夏とともに
小舟が進む 日が暮れていく
-----------------------------------------------------------

えっと・・・・・・実は・・・ネタ切れです。。。。。(^^;) 
と、いうか・・・・暑さであんまり頭が働きません。(いつもですけどーーーー
今日は7月31日。
月末は、いつも、納期がいくつもあったりして、自分の首が絞められているような気分ですが・・・・・。(^^;) 
毎月最後の日は一日の長さを50時間くらいにしませんか?(誰に言ってるんだか)

夕方お買い物に出たときの景色。
2010_7_31.jpg
「これのどこがきれいなんだ?」と思った皆様、すみません。(しかも、思いっきりぼけてますし)
この道は私のお気に入りの道なのです。
風がゴーーーッと通り抜けていくような場所。

今日は、ずっと曇っていて夕方の景色もなんかちょっともやがかかったようなあいまいな雰囲気。
稲の緑のじゅうたん、そしてうっすら煙ったような山々。まーるい太陽。
「なんか、いいなーーー。」と思ったのです。

全部がぼけてますけど、ホントにこういうぼやーーーっとした景色でした。
私もぼやーーーっとしてましたし。(「いつもだろ。」という突っ込みはなしでお願いします。)

でも、なんかきれいだったんです。
それだけです。
(え?それだけ?)

5月31日早朝、父が他界しました。
68歳でした。

朝早く妹から電話がかかり
「お父さんの呼吸が止まった。まだ体は温かいけど・・・・。」と・・・・・・。

私は朝早かったので、きっと夢の続きなのだろう、と・・・・・。
もしくは、父はまた冗談で息を止めて、みんながびっくりして騒ぎ出したら
「びっくりしたか?結構長い間、息止めれとっただろ?」なんて笑わせるんだろう、と・・・・・・・。

でも、違ってた。
父は本当に呼吸と心臓が止まってしまったのです。
静かに眠るように・・・・・・・。

6月1日がお通夜で2日が葬儀。
仕事の調整などをして、子供たちの学校にも連絡してお通夜に間に合うようにかけつけました。

父が火葬されるまで、何度も父を触った。
「お父さん、もう起きていいよ。みんなびっくりしたけん。」って・・・・・。
耳たぶと鼻が柔らかかった。
呼吸と心臓は止まっても、きっと匂いと音は感じていたのかもしれない。

何度も父を触って話をした。
でも「さよなら」は言わなかった。
「さよなら」なんて絶対言わない。絶対言いたくないから。
「ありがとう」と何度も言った。何度言っても足りないから。

母もまた夢だと思っていた、というか夢だと思い込もうとしていた。
気丈に振舞って、いろんな人に気を遣って動いていたけど、ふと
「これは夢じゃと思うんよ。夢から覚めたら、またお父さんがそばにいると思いたいんよ。」と泣きながら言う。
葬儀の日は母がもう目の焦点も合ってなくて言ってることも変で、倒れてしまうんじゃないかと心配でずっとそばについてた。
「お葬式でね。挨拶をせないかんけど、お父さんは緊張しぃじゃけんね、上手に挨拶なんかよーせんと思うんよ。」なんて・・・・・。
誰のお葬式だと思いたかったのだろう。2年前の祖母のお葬式だと思い込もうとしていたのかもしれない。

真面目でおとなしい父だったので葬儀も、小さなホールでつつましく静かにしようということだったけど、葬儀の最中、どんどんどんどん弔問客が訪れてびっくりした。
葬儀屋さんが「大ホールでもよかったくらいですねー。」と後で言われていた。

「父はいろんな方から愛されてたんだ。」と思うとうれしかった。
派手な行動もせず、真面目にいっしょうけんめい生きてきた父だから、父のことを嫌ったり恨んだりしてる人もこの世には一人もいないだろう、と思う。
それは、本当にうれしいこと。

火葬場には本当は行きたくなかった。
「父は復活するかもしれないのに。」なんてずっと思っていたかったから・・・・・。

でも、小さなお骨箱に納まった父を家に連れて帰り、その日も父のそばで母といっしょに寝た。
母も心配だったから・・・・・。

葬儀が終わっても、母はじっとしていなかった。目の焦点も合ってなくて今にも倒れそうにふらふらしてるのに、いろんな人に気を遣ったり、片付けをしたり・・・・・・。
「お母さん、倒れるけん、もう休んだら?」と言うと・・・・・・
「じっとしてると、いろいろ考えて涙が出るけん、辛いけん。」と・・・・・・。

母はこれで二度目の未亡人になった。
一度目は28歳のとき。
前の夫は今の父の実の兄で、姉と私の本当の父。
二人の子供を抱えて未亡人になった母と今の父は結婚して、母と私たち二人の面倒をみてくれました。
妹は今の父の子供でしたが、姉妹も仲良くて、父も分け隔てなく、私たち3人を本当にかわいがってくれました。
感謝してもしきれないくらい・・・・・・・。

28歳で夫を亡くした母を、今度は自分が最後まで大切にしなくてはと、ずっと思ってくれてた父。
息を引き取るまで母の心配をしてくれてました。

いろんな想いが残っているかもしれません。
でも、きっとこれからも私たちを見守ってくれていると・・・・・、そう思いたいです。
そして、これからもずっと私たちと「こころがつながってる」と思いたいです。

葬儀の日も、実家から戻ってきた今日も、平和でさわやかなお天気でした。
2010_6_3.jpg
抜けるように青い空に、清らかな白い雲。
悲しいことがあっても、自然がおだやかに包み込んでくれるような気がします。

今日は音楽仲間からメールが入って、まだ予定日ではなかったのに、今朝元気な男の子を出産したと・・・・・・。なんだか、とてもうれしかった。

命は消えたり生まれたりしている。
悲しみや喜びが交錯しながら・・・・・・・・。

弔問に来てくださった皆様、また心配してメールや連絡をくださった方々、本当にありがとうございました。
泣きすぎて、まだ目が腫れているけど、ちゃんと日常に戻ります。

お父さん、これからも私たちはいろいろがんばるけん、見守っててね。

先週の金曜日24日、ある仕事である神社に行っていました。

その日その神社は古くからあるお祭りでとてもにぎわっていました。

でも、あいにくの寒空で、朝から曇りがちでいいお天気ではなかったです。

09_04_26_1.jpg

お昼ごろ、日がさしだし、パーッと太陽の光が出てきたときでした。

ふと空を見上げると・・・・・・・・

「わーーー、すごーーーい。」

09_04_26_2.jpg

なんと・・・・太陽の周りに輪っか状の虹が・・・・・。

『レインボーリング』

しかも、下に弧を描くように、二重に虹がかかっていました。(二重めの虹が薄くて写真ではよくわかりませんが・・・)

そして、その二重の虹の間をまるで龍が天に昇るがのごとく、飛行機雲が出ていました。

なんだか、すごく神々しい空で、近くにいた人たちに「空がすごいです。」と教えてあげたら、みんな感動していました。

空に向かって手を合わせて拝みだす人も・・・・・。

 

でも、こんな虹生まれて初めてみましたし、これからも見ることはないかもしれません。

なんかいいことありそうかなーーーー。

写真ですが、この日記を読まれてこのレインボーリング(二重)を見られた方にもいいことがありますように・・・。(祈)

 

あ、虹は二重になると、ふたつめの虹の色はひとつめの虹の色と逆になるのですって。(色彩学より)

それも不思議ですね。

8_9_16_1.jpg

 

 

 

近ごろ、よくぼーーーと空を見ます。

秋らしくなってきた空。

空を見上げて空の色や雲の造形の美しさに感動します。

 

神様はなんてすばらしいアーティストなんだろう、と思います。


8_9_16_2.jpg

 海もときどき眺めに行きます。

それぞれの季節で色や輝きが違う海。

そして、ザバーーンザバーンと波が打ち寄せ、どこから運ばれてきたのか、きれいな石ころたち。

きっと角がいっぱいあっただろうはずの石が流れ着くまでにきれいに削られて角がないなめらかな曲線の石になっています。

 「自然ってすごいなー。」

「波はなぜ、あんなにずっとザバーンザバーンと打ち寄せ続けるのだろう。だれかがまるで地球をゆりかごのように揺すっているかのごとく。」

などと考えてしまう。

波の原理は引力云々の話なのでしょうが、ただ単純に波が打ち寄せる音を聞きながら海を見ていたら不思議でたまらない。

けれど、自然の中に身をおき、感動するとともに、人間の力では及ばない「偉大な力」を意識してしまう。

それはすべての創造主である「神」なのかもしれない。

自然の中に身をおくと「自分も自然の一部なのだ」と謙虚な気持ちになれるような気がします。

 

人間は、自分たちの生活の快適さを求めるあまり、さまざまな技術や開発を進め、自然をどんどん破壊してきたしまった気がします。

破壊された自然は、さまざまなテクノロジーで復元されるでしょうか。

私は、人間の「こころ」なのではないかと思います。

人間の「こころ」や「手のぬくもり」

自らのこころで自らの手で自然に触れていく人たちが増えれば、きっとすこじずつでも回復していくような気もします。

 

普通の日常生活でも快適さや快楽を求めるあまり、「こころ」を忘れ、技術に走りすぎてきたのかもしれません。

さまざまな技術の進歩はもうある意味飽和状態になっているのはないかと・・・・・・。

これからは技術に走りすぎず、「こころ」を取り戻すべき時代なのではないかな、と・・・・・・・・・・・。

自然の中に身をおきながら考えたりしてしまいます。

夏の終わり

今年は「夏の終わり」を感じるのが早いような気がします。

 

夜はきれいな虫の声が響き、いい雰囲気になってきました。

夏の終わりの夕暮れどきの空は、夏の暑さのなごりと、少し湿り気を帯びて、憂いを含んでいるように思えますね。

08_30.jpg

からりとした青空でもなく、真っ赤な夕焼けでもなく、夜の闇に包まれているわけでもなく、あいまいな空だからでしょうか。

空を見る人

バタバタと忙しい毎日。

忙しさと夏の暑さに負けそうになる今日この頃。

 

ふと見上げると、ホイップクリームのようにふわふわと山際に浮かんでいる雲。

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思いっきり深呼吸できそうな「緑の香り」がする場所で見たきれいな空。

なんだかほっとできたのでした。

 

自然はいいですね。ホントに・・・・・・・。

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