
空がきれいだったシリーズの最近のブログ記事






先週の金曜日24日、ある仕事である神社に行っていました。
その日その神社は古くからあるお祭りでとてもにぎわっていました。
でも、あいにくの寒空で、朝から曇りがちでいいお天気ではなかったです。
お昼ごろ、日がさしだし、パーッと太陽の光が出てきたときでした。
ふと空を見上げると・・・・・・・・
「わーーー、すごーーーい。」
なんと・・・・太陽の周りに輪っか状の虹が・・・・・。
『レインボーリング』
しかも、下に弧を描くように、二重に虹がかかっていました。(二重めの虹が薄くて写真ではよくわかりませんが・・・)
そして、その二重の虹の間をまるで龍が天に昇るがのごとく、飛行機雲が出ていました。
なんだか、すごく神々しい空で、近くにいた人たちに「空がすごいです。」と教えてあげたら、みんな感動していました。
空に向かって手を合わせて拝みだす人も・・・・・。
でも、こんな虹生まれて初めてみましたし、これからも見ることはないかもしれません。
なんかいいことありそうかなーーーー。
写真ですが、この日記を読まれてこのレインボーリング(二重)を見られた方にもいいことがありますように・・・。(祈)
あ、虹は二重になると、ふたつめの虹の色はひとつめの虹の色と逆になるのですって。(色彩学より)
それも不思議ですね。

近ごろ、よくぼーーーと空を見ます。
秋らしくなってきた空。
空を見上げて空の色や雲の造形の美しさに感動します。
神様はなんてすばらしいアーティストなんだろう、と思います。
海もときどき眺めに行きます。
それぞれの季節で色や輝きが違う海。
そして、ザバーーンザバーンと波が打ち寄せ、どこから運ばれてきたのか、きれいな石ころたち。
きっと角がいっぱいあっただろうはずの石が流れ着くまでにきれいに削られて角がないなめらかな曲線の石になっています。
「自然ってすごいなー。」
「波はなぜ、あんなにずっとザバーンザバーンと打ち寄せ続けるのだろう。だれかがまるで地球をゆりかごのように揺すっているかのごとく。」
などと考えてしまう。
波の原理は引力云々の話なのでしょうが、ただ単純に波が打ち寄せる音を聞きながら海を見ていたら不思議でたまらない。
けれど、自然の中に身をおき、感動するとともに、人間の力では及ばない「偉大な力」を意識してしまう。
それはすべての創造主である「神」なのかもしれない。
自然の中に身をおくと「自分も自然の一部なのだ」と謙虚な気持ちになれるような気がします。
人間は、自分たちの生活の快適さを求めるあまり、さまざまな技術や開発を進め、自然をどんどん破壊してきたしまった気がします。
破壊された自然は、さまざまなテクノロジーで復元されるでしょうか。
私は、人間の「こころ」なのではないかと思います。
人間の「こころ」や「手のぬくもり」
自らのこころで自らの手で自然に触れていく人たちが増えれば、きっとすこじずつでも回復していくような気もします。
普通の日常生活でも快適さや快楽を求めるあまり、「こころ」を忘れ、技術に走りすぎてきたのかもしれません。
さまざまな技術の進歩はもうある意味飽和状態になっているのはないかと・・・・・・。
これからは技術に走りすぎず、「こころ」を取り戻すべき時代なのではないかな、と・・・・・・・・・・・。
自然の中に身をおきながら考えたりしてしまいます。
今年は「夏の終わり」を感じるのが早いような気がします。
夜はきれいな虫の声が響き、いい雰囲気になってきました。
夏の終わりの夕暮れどきの空は、夏の暑さのなごりと、少し湿り気を帯びて、憂いを含んでいるように思えますね。
からりとした青空でもなく、真っ赤な夕焼けでもなく、夜の闇に包まれているわけでもなく、あいまいな空だからでしょうか。
バタバタと忙しい毎日。
忙しさと夏の暑さに負けそうになる今日この頃。
ふと見上げると、ホイップクリームのようにふわふわと山際に浮かんでいる雲。
思いっきり深呼吸できそうな「緑の香り」がする場所で見たきれいな空。
なんだかほっとできたのでした。
自然はいいですね。ホントに・・・・・・・。
今日の夕方、車を運転していて赤信号で止まったとき、ふと見上げると・・・・
空がきれいだった。

少し走らせて車を止めて、写真
を撮った。
少し寒くなってきたせいか、山も少し色づいてきたような気がする。
去年は紅葉がすごくきれいだったけど、今年はどうなのかな~~。